令和7年度 地域別最低賃金改定の目安が答申 ― 史上最大の引上げ、その背景と影響とは?

2025年(令和7年)8月4日、中央最低賃金審議会から、令和7年度の「地域別最低賃金額改定の目安」が答申されました。今年度は、全国加重平均で「1,118円(引上げ額63円、引上げ率6.0%)」と、制度開始以来過去最高の引上げ幅となりました。

【厚生労働省報道発表資料】令和7年度地域別最低賃金額改定の目安について

各地域の目安額と引上げ率は?

都道府県は経済実態に応じてA、B、Cの3ランクに分類され、それぞれの目安額が示されています。

ランク 引き上げ目安額 主な対象地域
Aランク 63円 東京、大阪、愛知など6都府県
Bランク 63円 北海道、京都、福岡など28道府県
Cランク 64円 青森、高知、沖縄など13県

注目すべきは、Cランクの引き上げ額がA・Bランクを史上初めて上回ったことです。これは、物価高に苦しむ地方の生活実態に配慮し、地域間の格差是正を目指す強いメッセージと言えるでしょう。

なぜ?過去最高の引き上げ額になった「3つの理由」

今回の歴史的な引き上げの背景には、最低賃金を決める上で法律が定める「3つの要素」が大きく影響しています。

理由① 労働者の生計費:止まらない物価高の影響

私たちの生活を直撃している物価高。特に、所得の低い層ほど家計に占める食費の割合(エンゲル係数)が高くなるため、その影響は深刻です。

・消費者物価指数(総合): +3.9%

・食料品: +6.4%

・月1回程度購入する品目: +6.7%

審議会は、こうした厳しい状況を踏まえ、労働者の生活を守ることを最優先に考えました。

理由② 労働者の賃金:33年ぶりの「賃上げの波」

今年の春闘(春季労使交渉)では、33年ぶりの高水準となる賃上げが実現しました。

・連合の最終集計: +5.25%

・パート・アルバイト(日商調査): +4.21%

この賃上げの恩恵を、中小企業や非正規雇用の労働者にも広げる「波及効果」が、最低賃金の引き上げには期待されています。

理由③ 企業の支払い能力:改善と二極化の現実

企業の業績は全体として改善しています。

・企業の経常利益(小企業): +28.8%

・労働生産性: +4.7%

一方で、原材料費や人件費の上昇分を製品やサービスの価格に上乗せする「価格転嫁」が十分に進んでいない中小企業が多いのも事実です。特に「労務費の転嫁率」は48.6%と依然として低く、企業の支払い能力には「二極化」が見られます。

政府への要望 ― 中小企業が安心して賃上げできる環境づくりを

今回の答申では、労使双方の共通認識として、中小企業・小規模事業者が継続的に賃上げできる環境の整備が不可欠であることが強く打ち出されました。

そのうえで、中央最低賃金審議会は政府に対し、以下のような取り組みを継続的かつ実効的に実施するよう強く要望しています。

1.生産性向上の支援策の充実と活用促進

中小企業が賃上げに踏み切るためには、生産性向上との両立が不可欠です。そのため、以下の助成金の充実と利用促進が求められています。

業務改善助成金

キャリアアップ助成金

働き方改革推進支援助成金

人材確保等支援助成金

加えて、賃上げに対するインセンティブとして、「賃上げ加算」等の制度的な充実も強く要望されています。

2.価格転嫁対策の徹底と取引の適正化

賃上げの原資を確保するには、企業が適正に価格転嫁できる環境が必要です。そこで、以下のような施策の推進が求められています。

下請法改正法の施行に向けた公正取引委員会の体制強化

・中小企業庁や業所管省庁との連携強化

・「労務費の価格転嫁指針」の徹底

・「パートナーシップ構築宣言」のさらなる拡大

企業間の取引構造を改善し、労務費を適正に価格へ転嫁できるよう、ルールの強化と制度の普及が急務となっています。

3.経営基盤の強化による持続的な賃上げ支援

中長期的に賃上げを継続できるよう、事業基盤の強化に向けた以下の取り組みも求められています。

・「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画の着実な実行

・予算措置や税制によるインセンティブ強化

単年度で終わらない継続的な支援を通じて、経営体質そのものを強化し、将来の人材投資につなげていくことが期待されています。

4.「年収の壁」問題への対応強化

賃上げによってパート・アルバイトの収入が「年収の壁」を超えてしまうことにより、働き控えや就業調整が起きる懸念があります。これを防ぐため、次の施策の活用が促されています。

・「年収の壁・支援強化パッケージの活用促進

行政機関が行う業務委託における、最低賃金改定への配慮

企業や行政が連携して、働きやすい就業環境の維持・改善を進める必要があります。

5.制度の周知徹底と運用改善

どれだけ良い制度があっても、事業者に情報が届かなければ意味がありません。そのため、以下の対応が求められています。

・各種助成制度や支援策についての周知の徹底

・利用しやすさを重視した制度運用の改善

中小企業がストレスなく支援制度を活用できる環境づくりが、政策効果を最大化するカギとなります。

審議の舞台裏:対立する「労使」の主張

今回の審議は、労働者側と使用者(企業)側の意見が真っ向から対立し、最終的には中立な立場の「公益委員」が見解をまとめる形で決着しました。

・労働者側の主張

「大幅な物価高に対応するため、生活できる水準まで大幅に引き上げるべき!」

「春闘の賃上げの流れを社会全体に広げよう!」

・使用者側の主張

「賃上げの必要性はわかるが、価格転嫁が進まない中小企業の経営がもたない!」

「急激な引き上げは、倒産や雇い止めにつながるリスクがある!」

結果として、労使の合意には至らず、公益委員の見解として答申が取りまとめられる形となりました。

今後の流れ:あなたの地域の最低賃金はいつ決まる?

今回示されたのは、あくまで「目安」です。
今後は、この目安を参考に、各都道府県の「地方最低賃金審議会」で、より地域の実情に合わせた審議が行われます。

1.8月~9月: 各都道府県で審議

2.9月頃: 新しい最低賃金額が決定・発表

3.10月1日頃: 新しい最低賃金が発効

正式な金額は、お住まいの都道府県の労働局の発表をご確認ください。

まとめ:未来への投資としての最低賃金

今回の「過去最高」の引き上げ目安は、物価高に苦しむ労働者の生活を守ると同時に、日本経済を「賃金が上がる経済」へと転換させるための重要な一歩と言えます。

政府は、最低賃金について全国加重平均1500円の目標達成時期を2030年代半ばから2020年代に前倒しする意向を示しています。まだまだ賃上げは続きます。

この最低賃金の引き上げが「単なるコスト増」に終わるのか、それとも「人への投資」として企業の成長につながるのか――

鍵を握るのは、私たち一人ひとりの捉え方と、今できる行動にかかっています。支援策を活かし、持続可能な賃上げと職場づくりを、今こそ一緒に考えていきましょう。