会社を創業して売上がある程度の規模に達すると、従業員を雇用する場面が出てきます。業種によっては創業当初から人手が必要な場合もあるでしょう。
採用面接を経て、いざ雇用する段階になって「どんな手続きをすればいいのだろう」と迷う経営者の方も少なくありません。
『書類が多くて何から手をつけていいかわからない』
『もし手続きを忘れて罰則を受けたらどうしよう』
といった不安を解消するため、本記事では、従業員を初めて雇用する際に必要となる労務手続きを整理してご紹介します。
【従業員を雇用した際に必要な6つの手続き】
1. 労働条件通知書の作成・交付
2. 労働保険(労災保険・雇用保険)への加入
3. 社会保険(健康保険・厚生年金・介護保険)への加入
4. 住民税特別徴収の手続き
5. 労働者名簿・賃金台帳・出勤簿の作成
6. 36(サブロク)協定の締結・届出
1. 労働条件通知書
従業員の労働条件を記載した「労働条件通知書」を作成し、その内容について従業員本人に説明を行います。
従業員を雇用する場合、労働基準法第15条によって、明示しなければならない労働条件が定められています。この労働条件には、必ず文書で示さなければならないものと、口頭でも可能なものがありますが、従業員に安心して働いてもらうためにも、できる限り文書で明示することをおすすめします。
文書で明示しておくことで、後から「言った、言わない」といった労使トラブルを防ぐことができます。さらに、こうした書面をきちんと整えておくことは、将来的に助成金の申請をされる際にも、スムーズな手続きにつながります。
■必ず明記しなければならない項目
労働条件通知書には、以下の項目を必ず記載する必要があります。
労働契約の期間
期間の定めの有無を記載します。定めがある場合は、具体的な年月日を記載します。
更新上限の有無と内容
有期労働契約の場合、契約更新の上限(通算契約期間や更新回数など)の有無とその内容を明示する必要があります。
就業場所と従事すべき業務の内容(就業場所・業務の変更の範囲含む)
実際に働く店舗名や会社名、そして「営業」「総務」といった具体的な業務内容を記載します。
将来の配置転換によって変わりうる就業場所や業務の範囲を明示する必要があります。
始業及び終業の時刻
業務の開始時刻と終了時刻を記載します。
所定労働時間を超える労働(残業)の有無
残業が発生する可能性があるかどうかを記載します。
休憩時間・休日・休暇
休憩時間は「60分」のように具体的な時間を記載します。休日は所定休日、休暇は年次有給休暇や代替休暇の有無などを記載します。
就業時転換に関する事項
労働者を2組以上に分けて就業させる場合(日勤・夜勤などの交替制勤務)のみ、詳細について記載します。
賃金の決定・計算及び支払いの方法
基本給や諸手当(常に支払われるもの)、時間外労働に関する割増賃金の決定方法や計算方法について記載します。
賃金の締切日及び支払いの時期
「月末締め・翌25日払い」など賃金の締切日と、銀行振込などの支払い方法を明記します。
退職に関する事項(解雇事由を含む)
定年制の有無や継続再雇用の有無を記載します。また、自己都合退職の際の手続きや、解雇事由も明記します。
※以下は無期転換申込権が発生する有期契約労働者が対象
無期転換申込機会
有期労働契約の労働者が、無期労働契約への転換を申し込めるようになるタイミング(無期転換申込権が発生する更新時ごと)を明示する必要があります。
無期転換後の労働条件
無期転換後の労働条件(給与、業務内容など)を明示する必要があります。
2024年4月1日から、労働条件通知書への記載が義務付けられる項目が追加されました。具体的には、「就業場所・業務内容の変更の範囲」や、有期雇用契約における「更新上限の有無と内容」「無期転換申込機会」などです。
この労働条件通知書については、厚生労働省の「主要様式ダウンロードコーナー」からモデル様式がダウンロードできますので、参考にしてみてください。
また、労働条件通知書に代えて、「雇用契約書」を取り交わす場合もあります。これは事業主と従業員の間で雇用契約の内容を明確にするための書類です。雇用契約書は法律上の義務ではありませんが、作成するのが一般的です。
「労働条件通知書兼雇用契約書」として、労働条件を書面で提示し、会社と従業員の双方がお互い確認した上で、署名(記名)+押印をして契約書を取り交わすこともできます。
労働条件通知書の具体的な書き方を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
初めて人を雇う手続きその1|雇用契約書を兼ねた労働条件通知書の作り方(記入例付き)(前半)
初めて人を雇う手続きその1|雇用契約書を兼ねた労働条件通知書の作り方(記入例付き)(後半)
2. 労働保険への加入手続き
労働保険とは、「労災保険」と「雇用保険」の2つを指します。
労災保険
労災保険は、労働者の業務が原因でけが、病気、死亡(業務災害)した場合や、また通勤の途中の事故などの場合(通勤災害)に、国が事業主に代わって給付を行う公的な制度です。
基本的に労働者を一人でも雇用する会社は適用されます。
パートやアルバイトも含むすべての労働者が対象です。
保険料は全額事業主が負担します。
雇用保険
雇用保険は、労働者が失業した場合に、生活の安定と就職の促進のための失業等給付を行う保険制度です。
雇用保険は、以下の3つの条件をすべて満たす従業員が加入対象となります。
・31日間以上雇用の見込みがある
・週の所定労働時間が20時間以上
・昼間部の学生ではない(休学中など一部例外あり)
保険料は労働者と事業主の双方が負担します。
◆必要な届出と期限
労災保険関係成立届
届出先:管轄の労働基準監督署
期限:雇用開始から10日以内
労災保険 概算保険料申告書
届出先:管轄の労働基準監督署
期限:雇用開始から50日以内
雇用保険 適用事業所設置届
届出先:管轄のハローワーク
期限:設置の日から10日以内
雇用保険 被保険者資格取得届
届出先:管轄のハローワーク
期限:雇用開始の翌月10日まで
雇用保険に関する書類はハローワークのホームページからダウンロードできますが、労災に関する届出用紙は特殊な様式のため、労働基準監督署やハローワークの窓口で受け取るか、郵送してもらう必要があります。
労働保険の成立手続について詳しくは、厚生労働省のサイトをご覧ください。
参照:厚生労働省「労働保険の成立手続」
3.社会保険への加入手続き
社会保険とは、「健康保険」「厚生年金保険」「介護保険」の3つを指します。
次の要件に該当する場合は「強制適用事業所」となり、必ず加入手続きをしなければなりません。それ以外の場合は任意加入となります。
◆強制適用となる事業所
法人である事業所(株式会社、合同会社など)
国、地方公共団体
個人事業のうち、常時5人以上の従業員を雇用している事業所
※農林漁業、サービス業など一部の業種は例外となります。
なお、任意適用事業所が加入する場合は、被保険者となるべき従業員の1/2以上の同意を得て申請する必要があります。
◆必要な届出と期限
健康保険・厚生年金保険 新規適用届
届出先:日本年金機構
期限:適用事業所となった日から5日以内
被保険者資格取得届
届出先:日本年金機構
期限:雇用開始日から5日以内
被扶養者(異動)届
届出先:日本年金機構
期限:扶養の事実が発生した日から5日以内
※扶養家族がいる場合のみ提出
これらの申請書類は、日本年金機構のホームページよりダウンロードが可能です。
4.所得税と住民税の手続き
従業員を雇用すると、給与を支払う際に所得税や住民税を徴収する義務が発生します。
まず、初めて従業員を雇用したときに、「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を所轄の税務署に提出します。給与や賞与から所得税の源泉徴収を行うために必要な書類です。提出期限は、給与等の支払事務を取り扱う事務所等を開設した日から1か月です。
所得税の徴収を行う際の確認事項
所得税の源泉徴収を行う際には、従業員の配偶者や子供などの扶養状況を確認する必要があります。
そのため、入社時は従業員に「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を忘れずに提出してもらいましょう。この申告書の内容を基に、毎月の給与から控除する所得税額が算出されます。
住民税の徴収を行う際の確認事項
特別徴収とは、従業員の住民税を給与から天引きし、会社が本人に代わって納付する制度です。
会社員などの給与所得者は、原則として特別徴収で住民税を納めます。入社した従業員が、それまで普通徴収で住民税を納めていた場合は、「特別徴収切替届出(依頼)書」と従業員から回収した普通徴収の納税通知書を居住地の各市区町村へ提出し、特別徴収への切替手続きを行います。
これらの届出書は、従業員がお住まいの市区町村のホームページからダウンロードしてご利用ください。
5.法定三帳簿(労働者名簿・賃金台帳・出勤簿)の作成
従業員を雇用する際には、「労働者名簿」「賃金台帳」「出勤簿」の3つの帳簿を作成することが労働基準法で義務付けられています。これらは通称「法定三帳簿」と呼ばれています。
様式は自由ですが、以下の必要事項を必ず記載してください。
厚生労働省の「主要様式ダウンロードコーナー」でダウンロードすることができます。
労働者名簿の必要事項
氏名、生年月日、履歴、性別、住所、従事する業務の種類、雇入年月日、退職・死亡年月日とその理由
(保存期間:労働者の退職、解雇または死亡の日から原則5年(当分の間は3年))
賃金台帳の必要事項
氏名、性別、賃金計算期間、労働日数、労働時間数、時間外・休日・深夜労働の各労働時間数、基本給や手当等の種類ごとの金額、控除した金額
(保存期間:最後の賃金を記入した日から5年(当分の間は3年))
出勤簿の必要事項
氏名、出勤日、始業時刻、終業時刻、休憩時間、残業時間、休日出勤
※タイムカードなどの客観的な記録が必要です。
(保存期間:最後の出勤日から5年(当分の間は3年))
6.36協定書(サブロク協定書)の締結・届出
従業員に残業や休日出勤をさせる場合には、「36協定書」を締結し、労働基準監督署へ届け出る必要があります。
本来、労働者には1日8時間・週40時間を超えて労働を命じてはなりません。しかし、労働者代表(労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者)と使用者(経営者や会社代表)間で、法定労働時間を超えて労働できる時間数を設定し、協定として締結したのち、労働基準監督署へ届け出ることで残業や休日労働が可能になります。
36協定の有効期限は期間を定めなければならず、通常1年とするのが通例であり、継続的に見直し、締結、届出が必要となります。
特に、2019年4月1日以降は法改正により、延長できる労働時間に上限が定められ、締結・届出後も労働時間の管理が、企業にとって重要な義務となりました。
もし届出を行わずに残業や休日出勤をさせた場合、即時に法律違反となります。そのため、残業をさせる予定がなかったとしても、万が一に備えて手続きをしておくことを強くお勧めします。
36協定を締結・届出することなく時間外労働や休日労働をさせた場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。また、この罰則の対象となるのは、労働した本人ではなく「使用者(会社側)」となりますので、くれぐれもご注意ください。
手続きの流れフローチャート
【START】採用決定!
↓
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
STEP 1:労働条件の明示
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
内容:労働条件通知書を作成し、従業員本人に交付・説明します。
目的:働く上でのルールを双方で確認し、トラブルを未然に防ぎます。
↓
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
STEP 2:労働保険の手続き
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
内容:労災保険と雇用保険の加入手続きを行います。
提出先:労働基準監督署、ハローワーク
↓
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
STEP 3:社会保険の手続き
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
内容:健康保険と厚生年金保険の加入手続きを行います。
提出先:年金事務所
↓
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
STEP 4:税金の手続き
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
内容:所得税の源泉徴収と住民税の特別徴収の準備をします。
提出先:税務署、市区町村
↓
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
STEP 5:法定三帳簿の作成
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
内容:労働者名簿、賃金台帳、出勤簿を作成・整備します。
目的:労働時間や賃金を正しく管理する会社の義務です。
↓
◆ 残業や休日出勤はありますか? ◆
│
├─ YES →【STEP 6へ】
│
└─ NO →【手続き完了!】
↓
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
STEP 6:36(サブロク)協定の締結・届出
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
内容:時間外労働・休日労働に関する協定を結び、届け出ます。
提出先:労働基準監督署
↓
【GOAL】手続き完了!
まとめ
以上が、従業員を初めて雇用した際に必要となる労務手続きです。
非常に多くの手続きがあり、すべてを一度に覚えるのは大変かと思います。
当事務所では、各種手続きの代行、労務顧問、就業規則の作成・変更など、幅広い業務に対応しております。
ご相談や申請代行をご検討中の経営者様は、下記までお気軽にご連絡ください。